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「パチンコ」を打ちながら「運」について考える。 パチンコに限らずちょっとギャンブルを嗜む人、若しくはどっぷりとギャンブルに浸かっている人なら、好き嫌いを別にして、誰もが知っているのが「阿佐田哲也」だろう。 「麻雀放浪記」、「競馬狂想曲」、「阿佐田哲也の競輪教科書」や「雀鬼伝シリーズ」など漫画にもなった多くのギャンブル小説がある。 また、直木賞作家「色川武大(いろかわたけひろ)」の本名の方が親しみやすい人もいるかも知れない。 個人的にはそれ程のファンでもないが、阿佐田哲也のものは面白がって読んだ。 どういう風の吹き回しか、先ごろあのNHKが井上陽水の特集で、その阿佐田哲也との交友関係を語るというのがあった。何気に見ていると、ルーレット台まで出てきた。NHKも変わったものだ。 相撲の勝ち星に例えて、人は7勝8敗か、8勝7敗、白星は多くてせいぜいもう一つか二つ、だと阿佐田哲也が井上陽水に話したという。 それが、実人生では大きな差がついたように見えてしまう。ギャンブルでも実人生でも「全勝」はまず出来ない。 どこで勝ち、どこで負けるか、意識している人といない人では違いが出る。 「一生幸運だけの人もいない。不運だけの人もいない。」 「純粋に運・不運を考えると、1人の人間のバランスシートは、結局プラスマイナス・ゼロに帰する」というのが「運」らしい。 ついでに鉄火場で培った人生論の「うらおもて人生録」(色川武大・新潮文庫)をみると、 学校の先生の指導する最大公約数と「君個人とはすべて一致しないからね。君は君で、自分にあてはめて、固有の作戦をたてなくちゃね。」というのがある。 運については、限りがあって、一人一流だから正解はない。 固有の作戦、自分なりのフォームを自分で作るしかない。 不完全な人間が、完全を目指せば、いつか「ほつれ」がくる。 パチンコ打って、当り、外れ、確率、ツキ、勝ち、負け・・・色々な要素とか思い浮かべる。 今は何勝何敗なんだろう・・・フッと思う。 店は成り立っているからプラス、打ち手はマイナス・・・これは大前提。 この先、トータルで「ちゃら」なら8勝7敗になるのかもしれない。 1勝は「遊んだ分の楽しみ代」として人生にプラス、としておこう。 まだまだ続く「もっともっと遊びた〜い」パチンコ人生なのだ。 |
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